

日本三大仏の知名度が低いのが残念。鎌倉大仏よりはるかに美男子。
加賀藩2代目藩主:前田利長が築いた高岡城跡の公園。水濠や土塁が残る。
高岡共立銀行本店として建築された県内唯一の本格的西洋建築で、東京駅を模して大正3年に建築されたそうです。
山町筋の守山町から小馬出町へと続く旧北陸道には明治の優れた防火建築の土蔵づくりの家が今も残っています。
毎年5月1日は高岡御車山祭り。
昭和4年着工昭和6年完成の旧配水塔です。昭和33年まで配水塔の落差利用して高岡市内へ水届けていたそうです。
墓所のすぐ横、お墓をお守りする寺です。
静かに中に入り本堂お参り後、回廊の五百羅漢を拝観。
瑞龍寺のすぐ近く「かんのんてら」の名で親しまれています。
後醍醐天皇の皇子で、父と鎌倉幕府討伐を企てられたが失敗。
加賀三代目藩主利常氏が鷹狩の宿として作った御旅屋(おたや)の正門です。
永安寺は昭和10年戸出騒動の舞台となったお寺だそうです。
1183年(寿永2年)源平般若野の合戦に木曽義仲の軍勢がここ常国辺りを通りかかりました。
近くにこの水利用した流しそうめんの店があります。
高岡市街地から戸出方向庄川を渡って街道沿いにあります。
富山100名水です。
高岡市滝の運源寺の境内にあります。樹令はだいたい350年ほどと推定される。
鋳物資料館、普段は開いていません。(残念)
そもそも「義経記」によると義経一行が奥州へ向かうとき
ここには渡し船があり、渡守の平権守に疑念を持たれ、弁慶は扇で義経を打ちのめしたという。
勝興寺へ上がって行く途中、今も東館(ひがしだち)の地名が残ってます。(すごい!)
高岡市万葉歴史館近くにあります。
加賀藩の米蔵(御蔵)があった町です。
雨晴海岸に近くの丘にあります。
4世紀〜5世紀にかけてのものといわれ、2基の前方後円墳と14基以上の円墳からなります。その中の主墳ともいうべき、前方後円墳第一号は、地方としては稀に見る大さだそうです。
古墳からは鏡や管玉なども出土、国の史跡に指定されています。
一部は東京 国立博物館に展示されていますよ。
誰でも自由に撞(つ)かれる大梵鐘としては日本一の大きさです。
ここの【賽銭箱】昔はよく取られたそうで(さい銭どろ!)バーナーや電動のこで荒手に夜中に盗まれたそうですが、今は内緒ですが,
すごいことになっていて・・・さすがに取られなくなったそうです。バチアタリ!
おさい銭は奉賛会という会が管理していて平和の鐘の周辺の整備―撞木(しゅもく)たたく棒もすぐ減ってしまうそうですし、紐も切れるのだそうです。
”ふたがみやま””ふたがみさん”と呼びます。標高273m(ふたなみさん)と覚えました。低い山ですが、高岡市民にはなじみの深い山です。市内の小学校歌には必ずでてくる山です。
地元ではめいせんの滝と呼ばれているそうです。
高岡城光寺球場へ行く途中、矢印に沿って行きます。道狭いですが、専用駐車場あります。
駐車場から450m。昼なお暗いところもあるので女性は1人ではいかないほうがいいですよ。
そのまま二上山に登れます。
以前から訪れたかった場所です。前田利家の弟夫婦(前田秀継)が住んでいましたが、1585年の大地震でなくなってしまいました。
