高岡観光名所ガイド

〜我が愛する高岡をごく私流に紹介します〜


エリア

高岡駅周辺 高岡駅南周辺 中田、戸出周辺 金屋町周辺
大仏
古城公園
赤レンガの銀行
山町筋の土蔵作りの家
高岡御車山まつり
清水町配水塔
瑞龍寺
前田墓所
繁久寺
総持寺

恒性皇子御墓
御旅屋門
弓の清水
運源寺の大カエデ

高岡鋳物発祥地の碑
高岡鋳物資料館と鳳鳴橋
金屋町町並み
旧南部鋳造所のキュポラおよび煙突
伏木周辺
二上山周辺 雨晴(あまはらし)周辺 福岡町周辺!
如意の渡し
勝興寺
越中国守館跡・伏木特別測候所
伏木北前船資料館
高岡商工会議所 伏木支所
棚田家 
万葉歴史館
藤井能三邸址
吉久町並み
二上山・平和の鐘
二上山
城光寺の滝
雨晴海岸から望む立山連峰
義経雨はらし岩
桜谷古墳 国の史跡
木舟城跡
佐伯家



高岡駅周辺 【高岡駅周辺Yahoo地図】

高岡大仏
高岡大仏 日本三大仏の知名度が低いのが残念。鎌倉大仏よりはるかに美男子。
徳のありそうなお姿、しかも拝観料無料。大仏の下を一周して、地獄の恐ろしさを再確認。
本堂では、かわいい庵主さんに、ご朱印を。無料駐車場あります。駅から徒歩7分



高岡古城公園お城はないのですが・・・
古城公園 古城公園 加賀藩2代目藩主:前田利長が築いた高岡城跡の公園。水濠や土塁が残る。
二重の濠は全国でも、めずらしいらしい。
春の花見、秋の紅葉と豊かな自然があり、
朝はラジオ体操、昼はウオーキングを楽しむ人(ダイエットに最適)
夜はデートスポットと高岡市民に愛されています。


赤レンガの銀行現役の銀行です。
赤レンガの銀行 高岡共立銀行本店として建築された県内唯一の本格的西洋建築で、東京駅を模して大正3年に建築されたそうです。
イギリス積みの赤レンガと窓回りの白御影石、屋根の尖頭は緑青の銅板葺で、とても美しい外観をなしています。
正面入口は大きなペディメント(三角破風)とふっくらとしたエンタシスの柱からなりルネッサンス様式が取り入れられています。
天井も幾何学模様の漆喰仕上げで、会議室にはステンドグラスがはめ込まれています。
 現在も富山銀行高岡支店として利用されています。

山町筋の土蔵づくりの家
菅野家 室崎家 山町筋の守山町から小馬出町へと続く旧北陸道には明治の優れた防火建築の土蔵づくりの家が今も残っています。
写真左側の菅野家(重要文化財)は100円の入館料がいります。右側旧室崎家はいりません。
最近、駐車場ができましたよ。

高岡御車山祭りただの引き山とは言わないらしい
毎年5月1日は高岡御車山祭り。
山町筋の人達はこの日が祭日、曜日関係なく1日は1日ながです。(ちょっと頑固!)この日しか見れません!
山町の方たちが自分の町に絶対作りたいと思っているらしいので、御車山資料館もありません。
頑固な理由は、国指定重要無形文化財だからと、
1588年、秀吉が当時の天皇を聚楽第に迎える時使用したもので、加賀藩初代前田利家が秀吉より拝領し二代目利長が高岡城を作るに当たり町民に与えられたのが始まりらしい。

清水町配水塔
配水塔 昭和4年着工昭和6年完成の旧配水塔です。昭和33年まで配水塔の落差利用して高岡市内へ水届けていたそうです。
関西から帰省する方には列車からの懐かしい高岡のシンボルです!
夜はライトアップで、45分ごとに緑・オレンジ・白と色が3色にも変化しているそうですよ。奥深し。
塔入り口上の御影石に「恵澤萬年」(けいたくばんねん)いつまでも”かわらぬめぐみにうるおう”犬飼毅書です。
国の登録有形文化財。近代水道百選にもなっているそうですよ。
中は資料館になっています。月曜日休館AM10:00〜PM4:30無料です。

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高岡駅南周辺【高岡駅南周辺Yahoo地図】
瑞龍寺
ライトアップの瑞龍寺 雪模様の瑞龍寺
何と言っても国宝・・・。小学生の時よく写生に行きました。 市民ボランテアの説明、実にわかりやすいです。拝観料500円ですが、駐車料金無料です。
加賀藩2代目藩主前田利長公の菩提寺。江戸初期の禅宗の建造物。
50年忌(1663年)完成。3代藩主利常公は参勤交代の折、造成中のお寺の前で、号泣したとか・・・。なんと兄ちゃん思いの弟か!!


前田墓所
前田利長墓所
加賀藩2代目藩主前田利長公の墓(金沢野田山にも同じ墓あり) 兄ちゃんの利長もすばらしいが弟の利常も偉い。
武将のものとしては全国一のお墓と菩提寺瑞龍寺を建てたのは、弟の利常なんだもの。
前田墓所の周りにはお堀があります。昼なお暗きお墓ですが、隣が中学校のグランド! 
いつも元気な声が聞こえます。


繁久寺
繁久寺   墓所のすぐ横、お墓をお守りする寺です。 静かに中に入り本堂お参り後、回廊の五百羅漢を拝観。
呉羽の五百羅漢より高貴で、心なごみます。拝観料、駐車料無料。


総持寺
総持寺 総持寺 瑞龍寺のすぐ近く「かんのんてら」の名で親しまれています。
「木造千手観音坐像」は国の重要文化財ですが秘仏です。
(33年に1回のご開帳のはず、が毎年10月にご開帳だそうです)
当寺の22世和尚様が、前田利長公より町名の依頼を受け、「高岡」と詩経より命名されたそうです。
外回りの石仏なかなか風情があります。
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中田、戸出周辺【戸出周辺Yahoo地図】
恒性皇子御墓

恒性皇子御墓   後醍醐天皇の皇子で、父と鎌倉幕府討伐を企てられたが失敗。
越中の守護「名越時有」に幽閉されたそうです。皇子は鎌倉幕府滅亡直前1333年に時有により殺害されたそうです。
二塚地区には古来より皇子にまつわる遺跡が数々伝えられているそうですよ! 宮内庁管轄地区です。 二塚小学校近くにありました。


御旅屋門
御旅屋門   加賀三代目藩主利常氏が鷹狩の宿として作った御旅屋(おたや)の正門です。
戸出の旧街道沿いのスーパーハニーの隣にあります。
昭和33年この地、永安寺に移築。 市指定の文化財です。
門しか残ってませんが、往時しのばれます。

永安寺は昭和10年戸出騒動の舞台となったお寺だそうです。


弓の清水(ゆみのしょうず)
御旅屋門   1183年(寿永2年)源平般若野の合戦に木曽義仲の軍勢がここ常国辺りを通りかかりました。
喉の渇きを訴えていた軍勢は、この土地の松原大助の助言で、木曽義仲が大地に、「南無八幡大菩薩」と唱えながら弓を射た所、清き水湧き出して人馬の渇きを潤したそうです。
さすが義仲様!! このあと志気上がり、倶利伽羅合戦に圧勝します。

近くにこの水利用した流しそうめんの店があります。
高岡市街地から戸出方向庄川を渡って街道沿いにあります。
富山100名水です。


運源寺の大カエデ(うんげんじのおおかえで)
大カエデ   高岡市滝の運源寺の境内にあります。樹令はだいたい350年ほどと推定される。
本樹の根まわりは4.7m、幹まわりは3.27m、四方に拡がっている枝張りは11mにもなる。
堂々たるカエデの老樹である。新緑も紅葉もおススメです。
県指定の天然記念物です。
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金屋町周辺【金屋町周辺Yahoo地図】
高岡鋳物発祥地の碑
高岡鋳物発祥の地
高岡駅からまっすぐ昭和町直進約1、5キロ、鳳鳴橋(ほうめいばし)のたもとに、この碑があります。
前田利長公が高岡の町を作った時、川一つ隔てて、現在の場所金屋町に鋳物工場を開かせたことに始まります。火を使う鋳物の仕事。町中への防火のための川(千保川)だったらしい。


高岡鋳物資料館と鳳鳴橋
高岡鋳物資料館 鳳鳴橋の鳳 鋳物資料館、普段は開いていません。(残念)
が、屋上にある洋鐘の屋根(?)は前田利長公の有名な兜(かぶと)を模してあるそうです。知ってましたか。
鳳鳴橋(ほうめいばし)の鳳凰(ほうおう)は高岡と深〜い縁があります。
前田利長公が狐の飛んでいた関野が原を高岡と名づけたのは、「鳳凰鳴ける彼の高岡」という中国の詩経によるらしい。
この鳳凰夫婦らしいのです。写真の方はママです。上流にあるのがパパ。違いは蹴爪(けづめ)オス成鳥の足の後部にある角質の突起物らしい。架空の鳥なのになかなか奥深し。

金屋町
金屋町
"さまのこ"という千本格子の古い町。昔ながらの家並みです。
今も銅器づくりの職人が多く住む町であり、石畳がしっとりと落ち着きのあるたたずまいをみせています。
母が昔この近くに住んでいたのですが、朝"さまのこ"掃除するのがたいへんだったとか。  

旧南部鋳造所のキュポラおよび煙突
キュポラおよび煙突
金屋町一角(パチンコ屋さん駐車場内)にある地金を溶かすための建造物です。
大正13年から平成12年まで使われていたそうです。
たたらを踏んで風を炉に送っていた作業から、西洋式レンガ積の高い煙突を持つ新型溶解炉に変わっていきました。
国の登録有形文化財です。  

伏木周辺【伏木周辺Yahoo地図】
如意の渡し
如意の渡し 如意の渡し そもそも「義経記」によると義経一行が奥州へ向かうとき ここには渡し船があり、渡守の平権守に疑念を持たれ、弁慶は扇で義経を打ちのめしたという。
”本家”元祖”勧進帳の話になったらしいですよ。
今でも渡し船があるのですよ。銅像もあります!!

勝興寺
勝興寺 勝興寺 勝興寺 勝興寺 勝興寺の破風
重要文化財。2004/11月本堂完成しましたが、まだまだ完成には時間かかります。 本堂の中にも入れます。
伏木駅を降りて正面の道を上がると正面にある大きな大きなお寺です。
戦国時代、越中の一向一揆の拠点となったお寺です。開祖は蓮如上人様です。
楽しいのは”勝興寺の七不思議”が有名。ほとんどが外から見れましたよ。12月から300円拝観料いります。お寺の敷地内に駐車場あります。

越中国守館跡・伏木特別測候所
伏木測候所 勝興寺へ上がって行く途中、今も東館(ひがしだち)の地名が残ってます。(すごい!)
この高台に大伴家持が住んだ国守館がありました。 無人の測候所になっていましたが、最近、気象資料館として開館。ペンキも塗りかえれれました。
小学生の時夏休みの終わりに、日記に書く、1ヶ月分のお天気を聞きに毎年通った懐かしい場所です。

伏木北前船資料館
旧秋元家住宅 旧秋元家住宅内部
勝興寺から、歩いて2、3分。平成10年、高岡市指定文化財。
江戸後期より海運を家業とした旧家です。数奇屋風の繊細な造りになっていて、ブルーの壁の座敷がステキです。
見どころは、望楼(ぼうろう)港の船の出入りを見張っていたらしい。2畳ほどの望楼登れます。市内でこの建物だけ。丁寧に案内してもらえます。
AM9:00〜PM4:30 火曜休館 一般210円 小中学生100円 TEL0766-44-3999 道幅狭いが無料駐車場あります。 

高岡商工会議所 伏木支所
高岡商工会議所伏木支所
洋風の土蔵造りに入り母屋造りの玄関という和洋ミックスの伏木支所です。
1896年設立の旧伏木銀行として建築、火事で焼失し、現在の建物は1910年(明治43年)に再建されたそうです。内部もこて絵などの装飾があり古くから栄えた港町の往時しのばれるそうです。(中は見れませんでした)
富山県下で第1号の国登録有形文化財に指定されました。伏木の万葉埠頭の近くです。


棚田家 登録有形文化財
棚田家住宅
伏木駅から、歩いて約4分。港の近くに棚田家はあります。棚田家が1935年に北前船主の塩田家からか買いとった邸宅。1887年伏木大火後再建。伝統的な数奇屋造りです。
AM10:00〜PM5:00 月火曜休館 一般600円  駐車場は不明ですが前におけます。
予約が必要です。0766-44-0147

高岡市万葉歴史館
万葉歴史館 おいしい和菓子セット
大伴家持が越中国守として政務をとった国庁跡近く、立山,海岸 がよく見える場所にあります。
感じのいいボランティアの解説員が土日いらっしゃいます。和歌もよく知っておられました。(和草:にこぐさ:ステキな名前です!) 万葉研究のメッカです。庭園では万葉植物が楽しめます。
歴史館もいいのですが館内の喫茶店、伏木の銘菓が抹茶と食べれます。喫茶店利用だけなら入場料入りません。good

越中国分寺跡 県指定史跡
越中国分寺跡 高岡市万葉歴史館近くにあります。
奈良時代、聖武天皇が国家の安泰を祈願され、国毎に国分寺、尼寺造立の詔勅が宣布され、全国に建設が進められたそうです。
越中国分寺は高岡市伏木一宮地内で、奈良時代後期に属する国分堂式の単弁蓮花文系軒丸瓦、鉄製扉鋲などが発掘されたことから、同地薬師堂(国分寺)付近と推定されているそうです。
静かで雰囲気のいい所ですよ。

藤井能三邸址
藤井能三邸址
伏木を語るのに忘れてはならない方です。
藤井家は能登屋と称し加賀藩領内では銭屋五平衛と比べられるほどの回船問屋でした。
伏木港築港の主唱者で、県内初の公立伏木小学校を開校、私財を投じて地域社会のために全力を傾けられました。コクドの「堤義明」にきかせたいいいい!!
伏木小学校校庭には銅像があります。
伏木図書館敷地内にありましたよ


吉久町並み
吉久 加賀藩の米蔵(御蔵)があった町です。
小矢部川と庄川の2つの川にはさまれた米商人の町として栄えていました。今は静かな住宅地です。
能松家は江戸時代からの旧家で、国の登録有形文化財です。
さまの子が残ってます。高岡駅発万葉線吉久下車あたりです。


雨晴(あまはらし)周辺【雨晴周辺Yahoo地図】
雨晴海岸から望む立山連峰
立山連峰
古くは大伴家持が「万葉集」で歌を詠んだ、岩礁多く白砂青松の景勝地。
海越しに高山を仰ぐ景勝は世界でも高岡雨晴海岸とチリ共和国バルパライソ市海岸から望む大アンデス山脈、2ケ所しかないと言われています。
運がよければ「JR氷見線」の車窓から見れます。日本の渚百選に選ばれています。もちろん国定公園です。 雨晴海岸は有名な海水浴場です。それから日の出、天気のいい日は、早朝カメラマンが並んでいます。

義経雨はらし岩
雨はらし岩
1187年(文治3年)源義経と弁慶らが北陸路を経て奥州(東北)下りの際、ここを通りかかった時 にわか雨にあい、この岩の下で、家来ともども雨やどりをしたという伝説の景勝地。
私が子供の頃教えてもらったお話は、にわか雨にあい力持ちの弁慶がこの岩を持ち上げて雨やどりをした「雨を晴らした」でしたよ。
近くに無料駐車場あります。岩の侵食が、ひどく中には入れませんが氷見線越えて海岸まででれます。

桜谷古墳 国の史跡
桜谷古墳 雨晴海岸に近くの丘にあります。 4世紀〜5世紀にかけてのものといわれ、2基の前方後円墳と14基以上の円墳からなります。その中の主墳ともいうべき、前方後円墳第一号は、地方としては稀に見る大さだそうです。  古墳からは鏡や管玉なども出土、国の史跡に指定されています。 一部は東京 国立博物館に展示されていますよ。


二上山周辺【二上山周辺Yahoo地図】
二上山・平和の鐘
平和の鐘 誰でも自由に撞(つ)かれる大梵鐘としては日本一の大きさです。
昭和44年に建立。二上山万葉ラインの鉢伏山近くにあります。
梵鐘の面に4箇所、描かれているのは「お釈迦様の悟り、修行、涅槃、説法かな?」うっすらとわかります。
作者は人間国宝の故.香取正彦氏、鋳造は老子製作所です。

ここの【賽銭箱】昔はよく取られたそうで(さい銭どろ!)バーナーや電動のこで荒手に夜中に盗まれたそうですが、今は内緒ですが, すごいことになっていて・・・さすがに取られなくなったそうです。バチアタリ!
おさい銭は奉賛会という会が管理していて平和の鐘の周辺の整備―撞木(しゅもく)たたく棒もすぐ減ってしまうそうですし、紐も切れるのだそうです。


二上山
二上山 ”ふたがみやま””ふたがみさん”と呼びます。標高273m(ふたなみさん)と覚えました。低い山ですが、高岡市民にはなじみの深い山です。市内の小学校歌には必ずでてくる山です。
二上山万葉ラインからは立山連峰富山湾能登半島が一望できます。
大伴家持はこの麓に国司として赴任し、二上山の歌を万葉集に数多く残しています。
明治天皇、高岡行啓の折「二上山はどこか?」とお聞きになったとか。 加賀藩の守山城址、麓には国泰寺、勝興寺などなど歴史深い山です。

城光寺の滝
城光寺の滝 地元ではめいせんの滝と呼ばれているそうです。
戦前までは涼をもとめて滝に打たれに来る人々でにぎわったそうですよ。
滝には4体の不動明王様がまつられ、信仰の場でもありました。

高岡城光寺球場へ行く途中、矢印に沿って行きます。道狭いですが、専用駐車場あります。
駐車場から450m。昼なお暗いところもあるので女性は1人ではいかないほうがいいですよ。
そのまま二上山に登れます。


福岡町周辺 【福岡町駅周辺Yahoo地図】

木舟城跡
木舟城跡 木舟城跡 以前から訪れたかった場所です。前田利家の弟夫婦(前田秀継)が住んでいましたが、1585年の大地震でなくなってしまいました。
1184年石黒太郎光弘の築城だそうです。織田と上杉・佐々と前田など幾多の戦いの拠点となりました。
広範囲に城下町が木舟城下にはあったそうですが、今は田んぼの真ん中に・・・。
福岡インター近くにあります。

佐伯家
佐伯家 佐伯家
国指定の重要文化財の建築物です。すばらしい。
江戸時代末期の富山県平野部の典型的な農家だそうです。茅葺の屋根。
年代が古く赴きあります。意外と小さいかな。
中は見れなかったですが、細い桟よりカメラでパチリ!
高岡より8号線を福岡町方向、看板を左折。茅葺の屋根が目立ちます。